2019年05月13日

くたびれ果てた後に

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ずっと心臓ばくばく状態が続き、
横になっても眠り続けられない緊張の連続でした。

父の臨終を目前に、
こんなに孤独と不安な時間はないというほどの
孤独を
たった一人で通らなければならず、
だれの助けもない状態で、
父が最後の息をひきとるのを看取りました。

そこにはだれもいませんでした。

不思議な静寂でした。

母の時はスタッフの方々もいて、
葬儀屋さんもいて、友人もいて、
たくさんの支えで通りこせました。

父とは二人っきりでした。

それは願っていた状態でした。

それから何をどうするのか、
夜中にタクシーで
荷物を一人でうちに運び、
父の最後の衣装を持ってまたタクシーで病院へ。

それでも、まだ満載の荷物を肩にかけて手に持って、今度は
遺体の迎えの車に乗り、
暗い暗い道を斎場に着きました。

それから一人で担当者と打ち合わせをし、
一人で挨拶状や会葬御礼や返礼の品を決め、
キリスト教式葬儀を教え、
遺体とともに一人で朝を迎え、
弔問のお客に対応しました。

キツくてキツくてたまりません。
寂しくて寂しくて何もしたくありません。
なのに、アレコレアレコレ答えたり決めたり
お客の挨拶を受けたり…

キツくてキツくてたまりませんが、
何とか無事に葬儀を終えないといけません。

やっと終わったら、
ホームの荷物を取りに行ってください。と。

朝から弟夫婦と、荷物を運び、仕分けし、捨て、
捨て、捨て、
車で二回ゴミを運びました。

遺族って
悲しんでいて、泣き崩れていて
いいんだよね。
ボーっと放心状態でいいんだよね。

それを慰めるのが葬儀だよね。
遺族は何も気を使わなくていいんだよね。
気を使ってもらう側だよね。

私、いちいち気を使うゆとりなんかない。
自分一人が立っているだけで必死。
posted by JOYJOY at 23:23| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする