2019年06月12日

壊れてもなお書き続ける

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夜中3時

帰宅して直後に礼拝があって、

それから準備して9時過ぎに晩御飯を食べ終え、
10時までは覚えています。
それからどうしたのか、
目覚めたら夜中2時半でした。

4時間半寝ていたことになります。

確か
老人の不眠をテレビがやっていましたので
見ながら食事しました。

自分も似てるなあ。
平均3時間くらいだなと思いながら。

晩ご飯を食べるくらいまでは元気がありました。
これは行ける!
今夜はシャワーできそう!
片付けられそう!と思いましたが、
一度座るとやっぱりダメでした。

明日はまた朝から病院だからシャワーできないなあ
汗になってるのになあ…
とは思いましたが、
ダメなものはダメ。
もうそんなものどうでも良くなりました。

しかし2時半になり、はっきり覚醒してしまいました。

このまま朝まで転がっていよう…でないと覚醒してしまう…
と決めたのですが、
寒くなり、
パジャマに着替えるつもりで服を脱ぎました。
とにかく寝ようと決めたのに、

今度はトイレに行きたくなり、
起き上がってみると、
あっちもこっちも灯りはつけっぱなし。
玄関は開きっぱなし
食器はテーブルに置きっぱなしでした。

それもどうでも良い。
寝ようと思ったのに、
トイレに行ったら、
今なら勢いで、シャワーできるという思いが勝ちました。
覚醒してしまうのに。

でも、日曜も昨日もやってません。

一気にシャワーし、
戸締りし、食器をとにかく下げ、
灯りを消して回りました。

そして、やっぱり正常に休める体制になると覚醒してしまいました。

こんなだらし無いこと、
醜いこと。
読みたくない人は、
読まないでください。
その人には何の祝福にもならないでしょうから。

私と同じだ!と思った方に読んでもらいたいです。

私は壊れてもなお書き続けます。
ブログもやめてしまおうと思いましたが、
待て。
きっと私と同じ辛さの中にいる人がいると思いました。

本当に壊れてしまいました。
昨日、決定的に壊れた…とわかりました。

壊れてしまうならそれも主の手の中。
引き上げられるのなら100パーセント主に栄光。

そして壊れるにしても、
必ずその中に、
何故壊れたかを、
ブログを見ている人には学んでほしいです。

いや、壊れたら、さらにその向こうに何かがあるはずなので、
それを見てください。

このブログをくだらないと思い、
害毒だと思う方は
十分祝福されている人ですから、
時間をもっと有効に他の事に使われることを勧めます。

こんなブログは害毒だと思う、
特にクリスチャンの方、
そして、かつては、私もわかっているつもりで、
全く分からなかったのですが、
牧師のみなさんへ。

世の中には、こうしてもがいて、だれにもわかってもらえず、
一人で孤独の中で力尽き、死んでしまう人がいる事を忘れないでください。
いいえ。死んだほうがマシだと願っている人たちがいるのです。

私を監視しないでください。
毒麦だとか思っていますか?
違いますよ。

私の中の何かが
壊れただけです。

失ってしまった感があまりにも大きいだけです。
キツくて当たりチラシているわけでも騒ぎ立てているわけでもありません。
もしそうだったら何と楽でしょうか。

あなたがやっているようにやれて、あなたが許されているように、みなに許容されたら…

私と同じ状況で、
特に親の介護に専念している家族のいない女性には
アルアル過程です。
発言の場がどこにもない、
あたり散らせる場がない人には
やってくるものなのです。

「失ったのではなく、益となる時を待ってる」
という賛美の歌がありますが、
頭ではわかっても、
心は壊れるんですよ。
肉体を着ていますから。
でも、キリストを知っているということが
唯一の錨になります。

こんな時に、
ああしろ、こうしろ、こうしないからダメだ、という人からの愛の忠告ほど、
キツく辛く、
さらに破壊させるものはありません。

まして責め言葉は、
どんなにわずかでも、感じてしまうし、
強力な破壊力を持ちます。

私は大丈夫。
主は見捨てません。
主は全部知っていました。
わざわざ感謝しますなんて言葉に出さなくても、
主の手の中にいることはわかっていますから。

今は壊れていますが、
これも主の手の中。

さてさて、
明日の朝はまた大変だろうなと心配はしますが、
眠くならないのはどうしようもありません。

今日は、というか、昨日は、
私の体は、
出勤後から働きづめでした。
全く無関係な世界で
体を動かしていないとやってられないというのも事実です。

クラスは全出席。
隣のクラスでは手足口病で欠席が多いのに、
みな元気。

出勤後即事務所掃除トイレ掃除、ですでに2時。
目覚めて泣いていた子をあやし、
お迎えに渡して
2時25分。

5分早く子供たちを起こし、
検温、排泄記録。
子供たちを集め二冊本を読み歌い、
おやつの手洗い。
3人に牛乳を飲ませ、
一人、飲食に関心を持たない子とのバトル。
一人遅れていた子の口にマッシュスイートポテトを運び、

歯磨き。

オヤツ食器を片付けたら、
子供たちと遊び、
ウンチ3人の処理。

あっという間に4時。

普通に園で行う午後のプロセスです。
4時くらいからお迎えが少しずつ始まります。

お迎えに向け、子供たちの準備が始まります。
顔を拭き、着衣を点検し、着替え、持ち帰るべきものをカバンに片付け…
そのあいだ、私は子供たちを見ます。

4時半
午睡が足りてなかった子が不機嫌になり始めたり、
物事を感じる事ができる子は、
黄昏を感じ、退園時間を感じ、お迎えがあるたびに泣き始めます。

眠たくて泣き叫んでいた子を抱いたら
即眠り、ラックに乗せ。

次に悲しくて泣く子たちを
カートに乗せてテラスをぐるぐる。

クラス内にいる若い先生たちに、
保育活動の準備のゆとりをあげます。

外の空気に触れさせながら、
学童さんや可愛がってくださる他のクラスの先生たちと触れさせます。

今日は、早い時間からこれを始めたので、
これが約1時間続き、ちょっと腰に来ました。
若い先生が心配してくれましたが、
大丈夫!と見栄をはりました。

6時5分前くらいに、
延長の二人の子を連れてホールへ。

突然延長が決まった一人にオヤツを食べさせて
オムツを替え、

数人の子どもたちの遊びの輪に入れ、
延長当番の先生が落ち着くのを待って渡して
6時17〜8分。

そうなると、
それで十分くたびれます。

作るぞと決めていた夕食も作りたくなくなり、
近くのスーパーのお惣菜を見ましたが、
この時間には
なーんにもありません。

で、トボトボ帰りながら携帯チェックをすると、
おばちゃんから変な時間に着信が。

誤作動だなと思いながら電話すると、
やっぱり誤作動でした。

ついでに晩御飯のおかず取りに寄らんねと言ってくれましたが、
「ゴメン。帰ったらすぐ礼拝だから
急いでます」と断りました。

夜に何かがあると、
本当に辛いです。
月曜火曜とそれが続きました。

もう一人の私より年長の方は、
私が休んでいた間必死で頑張ってくださったようで、
私が復帰するとわかった時から
体調を崩され、
顔を見ていません。

クラスのリーダーが、コッソリ教えてくれました。

「私だってキツかとやっけん、きつかと思うよ」と。

そう。
外なる人は衰えても…
神のことばである聖書が言ってますから
外側はどれだけ頑張っても衰えます。

キツイです。

仕事終えたらなーんにもしたくありません。
まして、私、これのために生かされているのではないから、このための油注ぎなどありません。

セルフネグレクト寸前です。

なのに、今夜もまた夜にあります。

班長会議。
これをやめてほしい。

posted by JOYJOY at 04:28| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする