2019年07月17日

更に片付け

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とにかく片付け。
少しでも空間を開け、
溢れる物を整理して
捨てるべき物は捨てる。

今日更に押入れ。

怖々開けました。
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こんなものまで取ってあります。
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引揚者に支払われたらしい。
もちろん半券みたいでした。
捨てないでミュージアム。

私が生まれた年の、
オジの中学校成績表まで…
保護者名は祖母。
五段階評価でした。
こちらは、悪いけど個人情報だから廃棄。

押入れを開けたら
昭和がてんこ盛り。

posted by JOYJOY at 11:27| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日の花たち

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朝早い時間は、
目が覚めるような美しさでした。
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前はあまり好きでなかったのですが、
朝早い時間に、
目覚めるような鮮やかな色を提供してくれたので、
朝に眺める花としては
うん。なるほどです。

朝一は、何にしろ
主の恵みを受ける時間です。

posted by JOYJOY at 09:53| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自分がやりたいことがわかる人わからない人

先日検索サイトを見ていて、
ふーんと思った記事がありました。

余命が宣告されたとして、
やりたいことをやる人がほとんどいない。
ほとんどの人は、
やりたいことを…と言われても、
やらなければならないことをやっている。
さてあなたは?

というような内容だったかと思います。

私も、やらないといけないことを考えます。
今、何をなすべきか。
それイコールやりたいことだったりします。
主が何をなさせようとされているか…なのですが。

ざっくばらんに、
やらなければいけないことをやりたいのです。

でも時々
本当かな?と思うのです。

多分、いつも守る立場で生きてきた人は、
この傾向があると思います。

長南長女
下に弟妹がいる一番上だったりすると、
そうなっちゃうかな…

周りをみても、
自分が何をしたいか質問されて無邪気に答え、
また天真爛漫にそれに没頭できて、
また全うできてしまったりするのは、
大抵
末っ子だったり一人っ子だったりです。
上にお兄さんお姉さんがいる人達。

長南長女は、
勝手なことやってるなあとジッと指をくわえて見ていたりします。

じゃーあなたも好きなことをしたら?
と言われても、
自分は何がしたいのかわからなかったりします。
染み付いているのは、
しっかり守って、
お父さんお母さんに
良くやったね。お兄ちゃんと言われたい。
のかどうかわかりませんが。

聖書ルカの福音書に、
放蕩息子のたとえ話が出てきます。
二人兄弟の下が、
父の元にいることが窮屈になり、
好き勝手な生活をするため、
まだ生きている父の財産分与を迫り、
自分の分を持って家を出ました。
彼は放蕩三昧楽しんだのですが、
やがて食いつぶし、
豚の世話をして、食べるにも事欠き、
初めて、父の元に帰ろうと思います。
もう息子でなくていい。雇い人でもいい。
父の家には食べ物がある…と。

なんと勝手なんでしょう。

父は彼を待っていました。
息子が帰ってきたのを喜び、
大宴会を催します。

ところが兄は、それをみて
いじけます。
弟が出て行って好き勝手な生活をしていた間、
彼はまじめに父の元で働いていたからです。
弟が放り出した分を必死でカバーしたのかもしれません。

散々好き勝手をして、腹が空いて、食べ物を得るために雇い人にでも…と、
自分の罪を認めただけで
弟がこんなに父に喜ばれるなんて、
兄からすれば許しがたいことですね。
父は兄に言います。
私のものは、全部お前のものじゃないか…
全部お前が好きに使って良かったじゃないかということ。

私は、この兄と似ています。
自分がやりたいことを思い切りやったことがありません。

羽目を外したり、やんちゃして失敗したり…という経験を経て、赦された!あいされた!
と涙を流して喜んでキリストに従う人がいますが、
私は、
ただ、生きるために、自分が存在するために
自分はどうしたら良いのか…狂うほど
そればかりを追い求めてキリストに辿り着きましたから、
何がしたいの?と聞かれると
一番困ります。

かといって、
やはり周りで末っ子タイプの人達を見ると、
聖書の兄息子のように、
俺、一体何なん?
いじけるのです。

私の弟は、放蕩息子ではありませんが、
本当に自分がやりたいことをずっと追い求めて、
それがほとんどかなった人間でした。
少なくとも就職、結婚は。

あとは詳しい彼の人生を知らないので。

父の前夜式の挨拶で、
自分は、早くからウチを出て、
好きに人生を送らせてもらい、
子供の頃から好きだった
飛行機に関わる仕事に従事してきました。
と涙流して話しているのを聞いて、
姉としては
良かったなあと思う一方、
自分は好きに人生を生きたか?
生きれたか?は
クエスチョンマークでした。

キリストに出会えて、しばらくは
キリストにある幸せな人生、
つまり親からすると
好き勝手な人生を送りましたが、
やはり、自分の願いがかなう人生とは
少し違ったものでした。

それは、私が願わなかったから。
相変わらず、
どうしたら生きられるか…
そればかりを追い求め続けたから。

今になって振り返ると、
主の手の中、
どうやっても愛されていて、祝福されていて、
守られていて、喜ばれていた。
だから生かされていたのに、
気づいていなかったのです。
安心して、好きな道を願えば良かったのです。

で、改めて
好きな道は?

…わからない。
もう守る相手がいなくなったのに、
だから、
余計にわからなくなってしまった。
posted by JOYJOY at 00:32| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする