2019年09月01日

秋雨

また雨。☂️

あっという間に寒くなっていきます。

先週だった?

延長の子供たちと一緒にいたら、
また突然のゲリラ雨が降り出しました。

すると、一人の子が覚えていました。

「アッ!先生、あの時みたいにオマジナイしないと!」

「オマジナイじゃーないって!神さまにお祈りしたのって!」

彼は覚えていました。

何週間か前同じ状況で、洪水みたいに園庭が湖状態になったとき、
私は彼の目の前で祈り、
そして何日か後に、
あの日の帰りに玄関を開けて出てからうちまで
全く濡れなかった話を彼にしたこと。

彼はオマジナイと生ける神への心からの願いの違いがわからないようだけど…
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あなたも行って同じようにしなさい

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今日のメッセージ箇所

良きサマリヤ人

あなたの隣人は誰ですか?
あなたが憐れみをかけてあげた人です。

と言われ、
うーん…と考えてしまいました。

理由は、みながみな助けて欲しいとは思ってないんだなと思うからです。

助からないといけないのに、助けを受けたくない人がいるのは悲しいことです。

その人にとっては、ありがたくもない
負担となる単なるお節介。
溺れるものは、藁をも掴むと日本のことわざにありますが、
神さまは、藁なんかじゃありません。

溺れながらも、岸から投げられたロープを
拒否して、自分の納得できる木切れか何かを掴むとしたら、何と愚かなことでしょうか。

助かりたくて死にそうになっている人を助けるのは何と嬉しいこと。
そうでない場合は、本当に悲しい。

昨夜テレビ番組を見ました。
途中から見たので、
はっきりと内容はわかりませんでしたが、
察するに、
ナイアガラの滝で自殺しようとして、一人の男性が滝壺に流れ落ちる滝の崖っぷちに立っていました。
それを助けるために、
公園警察のレスキューの方が二人、
命綱をつけて、自分たちも滝の崖っぷちに向かっていました。
この方たちはあの激流の中で、とても危ない救助作業をしていました。

命がけで助けようとしていました。
結局は幾多のあわや!を経てその自殺志願者は助け出されたのですが、

もう無理だ!とか、助けて!とか叫んでいました。

死のうとしていたのに、怖くなり、助かりたくて、
必死でした。
恐らく救助隊員たちの忍耐強い説得もあったのかなと推測しました。
実際的にも霊的にも、
死に向かう人が助かりたいと思ってくれなければ、
命がけの救助も
悲しい結果しか得ることができません。

助かりたいと思ってくれる
目をハッと覚まして自分が向かおうとする道の恐ろしさに気づいて、
助けを求めてくれるようになる
賜物が欲しいなあと思いました。

死のうとしていて、実は助かりたい人。
助かりたいと言いながら、
実は本当は助かりたいと願ってない人。

神さまは、どちらも助けようとしておられます。

そして、その人の代わりに
もうすでに
いのちをかけてくださいました。
その尊いいのちの代価を無駄にしないで欲しい。
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お菓子買いました!

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火曜の集会のために、
軽いお昼かお菓子を探すため、
帰りに寄ったトレ〇〇〇ルでアップルパイゲットしました。

これじゃ少ないなー

お昼ごはんになる物は、
まだ日にちがありすぎて調達できません。
かと言って、当日朝では時間もありません。

なので、
もう少し何か日持ちするものを探そうか…と
スーパーに入りましたが、
すぐくたびれてしまい、
空のカゴを返して出てしまいました。

私は、もともと「〜ながら〜する」が苦手な人。
不器用。
2つの事を器用にこなすことができません。

だから一個にドバーッと全人生をかけないと
ながらでは
おかしくなります。

今のお仕事は、ドバーッと人生をかけるものではないので、
本当に調子が狂ってます。

仕事しながら集会やる…は、
なかなか上手く行きません。
おばちゃんには、

「あんた、自分がおる時にしてよ。気使って、私たちが行かれんよ」
なんて、
追い立てるようにお開きになるので、
なんてすでにクレームをいただいてます。

にもかかわらず
ちゃんと来てくれますが…

posted by JOYJOY at 19:59| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日のメッセージ

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今日のメッセージは、良きサマリヤ人。

私の隣人とはだれですか。
……
その人に憐れみをかけてやった人です。
あなたも行って同じようにしなさい。

イエスさまの教えの中でも、私が憧れることばです。

講壇から
みなさんの隣人は誰ですかと聞かれました。
みなさんが、憐れみをかけた人です…と。

以前の私の一番の隣人は母、父。
間違いなく、彼らのために自分の全てを、
自分の当然を投げ出すことができましたから。
今は誰?
今はわかりません。
今は「お節介」になってしまうかもしれません。

イエスさまは、私たちの低さまで降りたんですよね。
右も左もわからない羊の群れのような
罪人を憐れまれたので、
わからない罪人が、わかるように自分を低くされました。
汚れた私たちなどが、
近寄る事さえできない
聖い光そのものの方が、
汚れきった私たちが触れるように、見えるように、
わかるようにご自分を低くされました。

愛を受け取れるように、
どこまでも罪人の仲間になって、
ただただ腹を空かせてさまよう羊の群れのような私たちに
わかるように、
愛を食べさせてくださいました。

私には無理。
でも私のうちに住まわれるキリストは、
それをしたいと願っておられます。

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posted by JOYJOY at 19:01| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

帰り道

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教会からの帰り道。
一体何百回、いえ、数千回かも…

この線を使って教会に行き来したことか…
もし、航空会社みたいにマイレージがあるなら、
私は、遠の昔にゴールド以上だと思います。
JRに投資してきました。

以前は毎日、
介護が始まったら週一回、
母が召天したあとは週三回。
そして再び週一回。
滞在時間はだんだん短くなりました。

以前は奉仕のために通いました。
私にとってキリストを主とすることは、
はじめの一歩を出した時から、
その実質イコール「キリストのために働く」だったので。

それはつまり教会のために働くだったので、
それができなくなるのは、
受け入れがたい事態でした。

そうじゃない。
キリストが主だよ!と自分に自分で教えないといけませんでした。

それからドンドン、
私の当然が当然でなくなりました。

受け入れられない事態は一生に一度ではありませんでした。

飲めないものを飲むのは、これが最後で、
死を通して復活だ!
飲んだら何かきっといいことが待っている…と最初は思いましたが、
一つ飲んだら、また次が、さらにまた次が…
死って一回じゃなかった?
また死ぬのは、死とは言わないよね。
なんて思いながら、
もっと飲めない盃が待っていました。

もう復活なんて期待もしなくなりました。
これこそ死なのか、堕落なのか、訳がわかりません。


もっとこうだったら私の人生変わっていたのに…なんて言っても、
神さまは私をこう造り、こういう環境に置かれたのですから、
それを飲まなければいけません。

飲むと、わかってきました。
そうでないと見る事ができなかった、
触ることもできなかった世界が私にはあります。
なれなかった自分があります。

結局は、私が一番願っていたことを、
自分でもよくわからないまま深いところで願っていたことを、
神さまが私の人生になしておられるようでなりません。

牧師になりたい!

形でなく、その実質が欲しい!
そう心底願っていました。
変な顔をされました。
だって、もう牧師じゃない…って。

いいえ。違うんです。
と自分で説明ができなかったこと。

牧者イエスさまが、私の存在を通して現れていただきたいなあ…と願ったものでした。


posted by JOYJOY at 18:35| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

父の枕

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私は父が使っていた枕を使っています。
とても良い枕で、肩が凝らない上等な枕だから。

私は、両親が置いて行ってくれた物で
使える物は使ってしまいます。

これを気持ち悪がる人が、
特に日本人には多いかもしれません。

かく言う私も、
そうそうケロリと何でも平気というわけにも行きません。


茶碗や箸や湯呑みなど
故人の物は
割ってしまうんだと昔昔母から聞いた覚えがあります。
多分これは仏教的な考え方なのでしょう。

そういう類の物は、
衛生的に見れば、廃棄が良いのかもしれませんが、
それにしても使える物はたくさんありそうです。

枕などは、カバーくらいは替えた方が
衛生的にはいいので、
そのうち、良い物があればなあと思っています。
もちろん、洗濯はしているので、
それまでは、父が使っていたこのカバーのままです。
父には要らなくなった物を私が使う。
それだけの事。

この地上にいたとしても、
父に必要でなくなった物で私が必要な物は、
頂戴ねと使わせてもらうでしょうね。
それとほとんど同じ感覚です。
ただ男女の違いもあり、
衛生面を考えたりして、何でもかんでも…というわけにはいきません。
肌に直接触っていたものは、やはり廃棄ですね。

父召天後、はじめて弟がうちに泊まった時、
最初彼はホテルを予約していたので、
そんな無駄な出費は止めてうちに泊まりなよと強く勧めました。
はじめはうちに一枚しかない布団を敷いてあげたのですが、
私の布団がなくなってしまい、
ふと、父のベッドの極厚気持ちいい上等マットを思い出しました。

そして弟に、父のベッドを使ってとすすめました。
すると
彼は途端に、
いや。ホテルに泊まる!と強硬に抵抗しだしました。

なんでよーと不思議でしたが、
今考えると、
なるほど…

彼は特に、子供の頃から神経質でした。

初めて口にする食べ物は、
まず匂いを嗅ぐ。次に唇で触ってみる。次にちょっと舐めてみる。それでやっと口に入れていたくらいでしたから、
口には出せないけれど、
体が不自由になった父が使っていた部屋の匂いや、
その父が使っていた寝具が
気持ち悪かったのでしょう。
察してあげられなくて悪かったです。

私は、父のベッドの上等なマットの事しか頭になかったので、
上にもういちまい敷いていたお布団を廃棄して、
代わりに別のベッドパットを敷けば、
ほら!これで大丈夫だから…
このマット、凄くいいんだよなどと弟を説得しました。

今思えば可愛そうだったな…と反省してます。

一晩寝た彼は、

やっぱり、布団取ってしまったら
匂いは消えてたよ…などと言っていました。
次に、片付けのために帰省した際は
抵抗なく父のベッドで寝てくれましたが…

だよね。

嫌だよねやっぱり…

さすがに私自身も、
今父の部屋で、父のベッドで寝るには勇気が要ります。
弟には強力にすすめながら、
自分は一度もトライしていません。

もう少し片付けて、
部屋を模様替えして、
寝具を一新したら、
あのベッドの分厚いマットに、
痛い腰をゆったり緩めて眠りにつけるかな。

今は枕が精一杯というところ。

posted by JOYJOY at 00:19| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする