2019年09月08日

今日のメッセージ

わたしのもとに来て、自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、そのうえ、自分のいのちさえ憎まない者は、わたしの弟子になることができません。
ルカ14:25

この直前に、
いろんな理由で神の国の大宴会への誘いを断るたとえがある。

最初の二人は
畑を買った、牛を買った。だから見に行く。
大事な大事な財産の前には神の国の宴会など
断るへき小ささ。

次は結婚したから行けない。
つまり大事な大事な新妻との時間は、
神の国の宴会よりずっと大事。
事実聖書は、これを大切にするよう教えています。
が、
もし、神さまが言われたら、その大事なものより、
神さまのお誘いを選べますか?というチャレンジ。

私たちにはみな、それぞれ、その時々大事なものがあります。

しかし、そこに、神さまのお誘いがきたら?

何を第一に選ぶか…
神からのものを一番に選ばないと弟子にはなれないと。

当人には脂汗が出るような選択だと思います。

これならできるけど、
こっちは…そっちだけは勘弁して!と言いたいことだってあります。
イエスさまにさえありました。
血のように汗を流し
父なる神に祈られました。

この盃を取り除いてください!と。

とすれば、弟子である身分すら
ある場合は、置かなければならないことだってあるのかもしれません。
もう弟子でも群衆でも構いません。
あなたが置かれる身分であなたについていきます…
弟子のペテロはそこを通りました。

自分にはもう何もない。
神さま以外大事なものはない!

そう思い込んでいましたが、

自分。

あるいは、いい意味でのクリスチャンとしての誇らしい自分の生き方。

これはまさに神から受けたものだから!と
堅く信じていること。

アブラハムは、神に与えられた約束の子イサクを
神に捧げるよう命じられ、捧げました。

私は、教会。
教会イコールキリストご自身でさえありました。

教会のためなら何でも耐えられると思いました。

今の自分の状況も、
もし、教会のためになるのなら、
たとえ、自分が教会に行かないことだって、
自分が行かないことが教会に益を与えるのなら、
どれだけ喜び楽しみだったことか…

はっきり言って、
教会は、私が不要となっていた、というより、

滑稽なことに、
主がそうしておられたのに、自分が気づいておらず、
自分は、依然変わらずこの中の大事なピースだと思い込んでいました。

これが典型的なロス。

何で来ないの?と不思議がる人が聞いてくれたとき、説明が面倒だし、理解もできないだろうし、
だからとりあえず、
ロスになったのと答えます。
すると、相手は
ああ父母がいなくなったからか…と解釈しています。

私は、辞めたのでなく、辞めさせられたのです。

それより何よりも、神さまの誘いが
あなたにとっては慕わしい宝ですかと問われると…

本当に神さまからのものですか?
しるしをください。
保証をくださいと言わざるを得ない。
弱い罪人には当然の反応。


しかしアブラハムにはこれがなかったのです。

丸々信じた。
それが彼の義とみなされ、
信仰の父とされました。
アブラハムには常日頃から神との深い信頼関係があったので、主の声と、そうてない声を顕著に聞き分けられました。

若い頃は、どっちだ?どっちだ?と
もがきながらも、結果的にいつも、
エーイ、ヤッ主よ、後は頼みます!
飛んでみるか!と主にかけました。
特攻隊人生でした。


結果は、
良くもあり失敗したようでもあり、
泣いたことが多かったのです。

だから、もうエーイヤッ!と目をつぶって特攻隊みたいに飛び降りるのは止めましょう。

主の手に引かれて、主の誘いの声の方へと確かに歩むのです。辞めさせたのも主なら、この先を導くのも主。


このことばのために、
介護をする前、し出してから、何度迷ったことか…。
本当に神さまが誘ったのか?
自分が考えたのではないのか?

今でも時々、やっぱり間違えたかな…と思うことがあります。

でも、一つだけ。
わからなくても
自分のいのちは憎んだ。

自分がやりたいこと、行きたい道は脇へ置いた。
 神さまのことばだと信じた方を取った。
私は、諦める、捨てる、は得意です。
小さい時から道を変え道を変え生きてきました。
諦めないと生きられませんでした。

今からもこれはかわらない。

余談。
面白いけど、「夫」は書いてない。
妻は夫を二番目にしてはならないらしい。
ただし、キリストにあって…のみ
posted by JOYJOY at 21:22| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

不思議な顔

教会の帰りに、
たまーに教会に来る方に会いました。

何とかという難しい名前の難病になってしまい、
明日また検査に行くとか。

じゃー教会に行って祈ってもらったら?と何度も勧めましたが、
教会に行かんけん、バチの当たったとさ…とか、
困った時ばかりしか行かんけん行かれん…などなど、神さまの御思いとは真逆のことばかりを言って、
別れるまで
ウンとは言いませんでした。
キツイだろうに…

私が日曜真昼に帰るのを不思議な顔をされました。

そりゃー近かったら、
こうはならないでしょうね。
それより、
医学でもなかなか解決しない病をかかえ、
神さま助けて!と、
教会に行かない方が私には不思議です。

posted by JOYJOY at 17:26| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

入れない

教会に着いたら愛餐会でした。
楽しそうな笑い声が聞こえていました。

もっと遅く来れば良かったなと思いました。
はじめてそんな気持ちになりました。

何とも言えないバツの悪さ。
うちうちのお楽しみに入っていけない。

帰る訳にもいかない。

膝、肩、右手を冷やして時間が過ぎて良かったなと思いました。

終わり頃やっと入って、
外野席で見ていました。

終わったあと、片付けと礼拝準備をしましたが、
ありがとうと言われ、は?と淋しい気持ち。

やっぱり
外の人間になっちゃったんだなあ…と。

完全に外。



posted by JOYJOY at 17:11| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

上手に転んだ

第三礼拝前に学びのクラスがあるので、
それに合わせて列車に乗り、
バスでもよりの停留所で降りた瞬間転びました。

歩道の縁石が思いのほか高く、
それに乗ってバランスを崩し、
膝から…

以前、その近くでバスに乗るために走って転んで手首を折った苦い経験があります。
その時は傘を持っていたせいもあって折れたか?
今回も日傘を持ってましたが
大丈夫でした。

とっさに体を横に向け、
膝や頭をかばいました。


おかげで、左肩右手のひらも打ちましたが、
一点に衝撃か集中せず、
すぐ歩けました。

私の後から何人か降りて来られ
びっくりされました。

どうも、乗り物と絡んで
転ぶことが多いです。
この同じバス停は、上りも下りも
転んだことになります。

私の執刀医主治医は、
私のガンの事より、
転倒に関する注意ばかりされていましたが、
本当に道でよく転びます。

慌ててないのに…

posted by JOYJOY at 17:01| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

慰めを受けて

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教会の帰りは長崎駅から、という習慣がついてしまいました。

バスでも路面電車でも、
浦上駅も長崎駅も料金は同じ。
プラス、
長崎駅だと 普段億劫な買い物ができます。

うちの近くのスーパーに行くのは
帰りが重くて暑くて、
自分一人のために…と思うと虚しくて、
なかなか行く気になりません。

ついでだし、乗り物が運んでくれると、
まだ楽です。

第三礼拝を終えて
帰ろうとすると、
「Hi パストーラ(牧師パスターの女性形)」と声がしました。

顔を上げると、
インターナショナルサービスにやってきた
アフリカの学生。

彼はみんなに可愛がられる存在。
人懐こくて、素朴で、
年齢より何故か幼く見えてしまいます。

日本語で、
りょこういってましたか?
と聞いてくれました。
「ああ、私をずっと見なかったから?」と聞くと、
うなずきました。

訳あって…と答えると、
それ以上突っ込まず入っていきました。

すごーく慰められました。

今でも、
「パストーラ」と呼ばれると、
もう嬉しくて
ゴメンねと思いました。
posted by JOYJOY at 16:48| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

残暑厳しい

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台風の影響が去ると、まだまだ残暑厳しい晩夏。
水が恋しくなります。
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朝から町内の敬老会準備に参加しました。
むし暑く皆暑い暑いと口走っていました。

ビンゴゲームの景品を袋に詰め、
敬老会のお祝い饅頭を袋に詰め、
配膳を少しお手伝いして終了。

本当は班長が、参加されなかった班のお年寄りに、
会終了後
紅白饅頭を配って回るはず。
うちは、その対象者が3人。

でも、私は失礼して礼拝へ。

班長早く終われ!


posted by JOYJOY at 12:29| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする