2019年10月22日

強い花

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母が植えると言っていた花だからという理由で
お隣さんが植えてくださって、
すでに3か月。

まだ咲きます。暑ーい日も元気。
信じられない強さです。
母が植えたかったわけがわかります。

厳しい時代を生きた母の強さを思います。
決して投げなかった。

教会でも二世三世の自立ということが語られていますが、
なぜか職場も似たような世代交代に差し掛かっているような…そんな気がします。

経営側と、彼らを献身的に支えてきた管理職レベルの職員と、その後加わってきた若い世代の間には、少し少しのギャップがあります。

どの世界でもあると思いますが、
必死でいのちがけで築き上げる一世がいます。

多少「極端」であっても、周りからの「常識を逸脱してる!」など色んな声を受けても、ひたすら夢に向かって、歯を食いしばる、いのちをかけた戦いの世代。

それをジッと見ていた二世がいます。
その波をかぶりながら、反発したり、こんなの嫌だと離れ去ってしまったり、しかし、自分もいつのまにか、その道を歩んでしまう。どこかで、自分も…と思っていたり、
しかし、自分には無理…などと比較したり

そして、築き上がってからやってくる三世がいます。

あたかも、初めからそれがそこにあったかのように思ってやってきます。
血の出るような戦いがあったことなど全くわかりません。

一世が働く姿を見て、
凄いなと遠目に見たり、あんなことは自分にはまず無理よねと一線を引いていたり、
あたかも自然発生的にそういうことができるのだと勘違いしていたり。

そして、突然気付かされます。

えっ?自分もあれやるの⁉️
どうやって⁉️
そんなのあり得ない!
そんなに厳しいの?
おやすみなんて自由に取れないし…
まず時代が全く違います。
今は個を大切にする時代。

働き始めた職場の環境も違います。
何もなかった一世、すべて出来上がっていた三世。

一世にとって当然が三世には異常に感じられたりします。寝る間を惜しんで、食べる間も惜しんで没頭した一世は、
私たちだってやったんだから…と言いたいし、
それを聞いて、思わず引いてしまい、
自分には向かないのかな…と落ち込むのです。

教会の場合の一世二世は、信仰の継承のことを言っているので、
また世界が全然違います。
さらに恵みに恵みが増し加わり、
主が築き上げられる働きに完成はありません。
永遠に続くのです。

だから、どの時代にも戦いと成就の喜びがあります。

ただ人間は時代のバックグラウンドに影響されるので、今の時代の20代と私たちの20代は、かなり違うはず。

先日、とーっても自由な派遣報告をしてくれた20代がいましたが、
牧師が、これを笑顔で受け取れたらたくさん若者が来ますよと言われました。

私は、生き生きと自由に本当の笑顔で話す彼の姿は、いやしでした。
こんなに自由になれて、こんなに笑ってシェアでして、主が彼を新しくされたことが嬉しくてたまらなかったのです。

やっと20代の本来の笑顔になれたのです。
それで良いのです。
それが良いのです。
30年前と同じものを作る必要なんかないではありませんか。
posted by JOYJOY at 19:06| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

どう使う?この休日

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本当に静かで、洗濯機が回る音とポットが沸く音だけ。

この日、絶対テレビをつけたくない。

この時間を使って、あれこれやろうかな…とか、
お風呂に早くシャワーカーテンつけないと寒いなとか、いや、早くエプロン買わなくちゃ毎日替えられない。りんご病が感染し出した。インフルエンザもまもなくだとか頭にはありますが、

結局は、かよちゃんから手紙が来ていて、
それにつられ、かよちゃん箱の整理と、溜まってしまった彼女関係の領収書や年金関係の通知類廃棄に意を決して時間を使ってしまった。

中に大事な物もいくつかあり、
確認できて良かったけど、あらためて託された責任の重さが身に染みた。

なーんか、こんな事ばっかりだなー
なーんでかなー
私の神にある人生に、全く理由わからないまま挿入されている他人の人生が不思議です。
大人の孤児院か?


先手必勝とばかりに昨日手紙を書いたのだが、彼女はもっと早く私への手紙を出していた。
毎年親友からカレンダーをもらっていたので、
カレンダーを…と、細かな注文。

友達に物をくれとせがむなと私が止めたので、
買ってあげるしかない。

何が善で何が悪か…

やはり、きちんと家庭での育成がなされていないので混乱に次ぐ混乱の人生だったのだ。

家庭という、一人の人が育つ畑の大切さをつくづく思います。

なので、礼拝CDを聞いて、彼女が一番受け取るのは、「正しさの規範」みたいなもの。
自分が愛に飢え渇いている…とかは、深いところで感じていても、自分でそれが理解できていない幼児状態かもしれない。それが彼女の病気なのかな。

「人の物を欲しがってはいけないんですね。
食べ物を人にあげれるようにならないといけないんですね。」と書いている。

なんで礼拝メッセージを聞いてそれ?

律法を先に受け取っている。

いや…それじゃなくて…もっと愛と恵みを受けて…

と、願いますが、

律法は養育係り。
子供の時は養育係りが要ると、ガラテヤ書で語っています。

家庭で育ててもらえなかった彼女は、
今、主によって再育成されているのかも…

律法を守ることで、「だれか」に受け入れられようとしている。

それでいいんだよと言われて安心する。

だれに?
今の彼女は、だれでもいい。とにかく誰かに
いいよと言われたい。

早く、それが出来なかったかよちゃんを、
キリストは知って、見て、あわれんで、
いのちがけで愛されたことに気づいて欲しい。
できなくても、あなたは高価で尊いと見ていただける神の大切な娘になってるよとわかって欲しい。
posted by JOYJOY at 12:48| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

半分諦めながら

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課題のずいぶん後ろに、自分の使命に関する課題をあげている。

とてもここまでいけないなあと、
自分の限界と、その時に課せられ、担わされたものの重さを天秤にかけたようだ。
しかし、主に求めておこう…と多分一言端っこに付け足したか?

30は、答えられていると感じている。

なぜ35があるのか、?
気にしないようで、凄く気にしていたのだ。

35個。

よくこれを列挙する力があったなと感心する。
今は心の中から何かを取り出す力さえない。
異言があるのは、本当に恵みだ。

父なる神さま感謝しますと一つ一つ思い出してみよう。
posted by JOYJOY at 09:23| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

祈りの課題がズラリ。

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一番は答えてくださった。
二番も一部答えてくださった。お隣さんの楽しみのため、家庭菜園として、また私も恵みを受けている。
3番も、助けが与えられ、何とか進行中。
4、5は父に関すること。私は願っていたけど、今最高の場所天国で、これ以上の祝福を本人が受けている。
偶像は徹底廃棄を完。使用した釘に至るまで。
あとは過程。13は真逆になってしまい、
これは一番私を病にした。
こうなることへの不安が沸き始めたのを感じ、
また祈れなくなるほど自分が弱っているのを察して、
これらの祈りの課題を書き出し、せめて読み上げよう!と始めた。
23番は答えられた。
そこまでの課題は、もう片っ端から主に求めている。
27番は、この時の一番の核の課題。
願いがなくなってしまった。今はかすかに蘇った。

私たちの教会では年度末
一つ一つ恵みを感謝する良い時。
すべて主に求めて主によって…なので、
何一つ自分によらない。
だから、
できなかったと落ち込む必要はない、が、
答えをみない原因がある。

主に聞いて悔い改め、また主に聞く。そしてまた求める。
posted by JOYJOY at 08:50| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

祈りのノート

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とにかく一週間に3〜4通手紙を書いてくる
かよちゃんに、
神さまへの手紙を書いてもらうため、
使わなくなったノートを探しました。

出てきたのは、自分の祈りの課題だけを書いて、
あと使ってないこのノート。
いつ書いたのか、
ダーーッと35もの課題を列挙していました。

65歳前、恐らく、父と二人になり、思うように教会の働きにかかわれなくなった不安から書いたもの。
何と第一番は、
経済力。
そんなにしつこく求めたわけではなく、
ただ正直に真剣に求めた。
何故かというと、
みなが気にするのは、
じゃーあの人はどうやって生きてるの?
年寄りの年金で食べてるじゃない。と思うから。
そしたら、福音も何も伝えられない。与えられない。

純粋に、「天の父が養ってくださる」なんて言っても伝わらないから。

なんば、いいよっと。
あんた、いつ働くと?教会のこともするとやろが…
職場にも迷惑さ。倒れたらどうすると?
と言われたが、
主が答えてくださるならすればいいし、
だいたい年齢的にまず無理なんだから…と笑いつつ扉をたたいて1年3か月経ちました。

一度もは病欠なし、
父看取り葬儀で1か月まとめて休みをいただいたほかは、かえって他人の休みをカバーしている。

自分に一番欠けているものを主に求めたのだろう。

答えられたものもあり、まだのものもある。
なるほど、求めるべきものを求めたな…と、今見ても思う。
主が答えられるのは凄い。




posted by JOYJOY at 08:48| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする