2019年11月25日

守る対象があるか

人間はみな、愛するだれかがいるので、
辛くても頑張って生きられる。

だれかにとって自分が特別だから、
そのだれかのために生きられる。
親、子、伴侶、ここまでが本能的に切り捨てられない存在。兄弟姉妹は微妙。

自分を特別だと思ってくれる人間が誰もいなくなったら生きられない。

自分の存在が、誰にとっても、どうでも良い
大勢の中の一人になったら、
もはや生きることなど意味をなさなくなる。

愛する対象、守るべき対象がいることは、
それだけで生きる意味がある。

私にはなくなった。
辛さをかき消すほど、必死に守るべき対象。
決して切り捨ててはならない守るべき人が
もういない。

意志を必死で働かせないと、
その対象をその対象として受けとれない。
かよちゃんがその一人。

かよちゃんは、なぜ私の人生の道に置かれたのか。
何故法も求めない保護を私が与えないといけないのか。
肉親でもないのになぜ手を離せないのか。

別に私でなくても良いのに…
私にとって別に特別な人でも何でもないのに。

彼女が、よりたよりにしているのは病院だろう。

病院は、だれでも良い。一人、頼りにするべき人間が要る。
だれかかよちゃんにとって特別な人が必要。

かよちゃんは肉親のおじさんを
自分を守ってくれる特別な人とか思えなかったので、うちの母がそれを引き受けた。
次に父が、そして私が引き継ぐしかない。

かよちゃんは病院がたよりなんだから、
勝手にそこで生きれば良いと言いたい。
何で毎週私が遥々出かけて行く必要があるか。
神さまが託したのなら、
神さまが何とかされるだろうか。

今や手を離したくても離せない立場になってしまった。
多分延々と続く。

私は、このかよちゃんを教会に託したかった。
神の大切な娘として再育成されてもらいたかった。




posted by JOYJOY at 00:04| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする