2019年12月23日

涙出さずには聴けない2番の歌詞

エンちゃんがコンサートでLamb of Godを歌ったので、
いくつかYouTubeでLamb of Godを聴いた。
いくつ聞いても
2番の歌詞
涙出さずには聴けない。

人の罪がいかに人をまどわすか…

神の愛をふみつけ、
聖なるものが聖なるものと見えず、あざけり馬鹿にし、ペテン師と呼ぶことがわかる内容。

日本語にしてしまうと、良さが伝わらない…

神の愛の贈り物を彼らは十字架につけ、
彼が死ぬ時笑い、あざけった。
低い王を、彼らはペテン師と呼んだ。
彼らは神の小羊をいけにえにした。

ついでに三番

私は迷っていた。死ななければならないはずだった。
しかし、あなたが私をあなたのもとに連れてきてくれた。あなたの杖に導かれ生きるため。

私も彼らの一人なのです。
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2019年12月22日

行かなかったので


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今日はかよこの病院に行かなかったので、
今週は手紙攻勢がやってくるだろう。

訳がわからない内容の、しかし自分の主張だけはする手紙。

主があわれみ深いように
あわれみ深くありなさい…

と言われて、
あわれみの気持ちが湧くこともあるが、
あの憎たらしい物の言い方を思い出すと、
あわれむ必要なんかないなとも思うことは実にしばしば。

病人が必ずしも可哀想だとは限らない。

彼女の周りには、
彼女の自分中心な考えを叱る人などいない。

病院職員は仕事だから、
病院にいる間は患者様に対し我慢する。
腹が立っても真剣にたしなめたり叱ったりしないだろう。

ありがとうと言われなくても、
仕事だから。

ごめんなさいと謝られなくても、彼らは仕事をしなければならない。

病人だから、そんな矯正は受ける必要がない。

そんな生活を十年二十年続けたら、
元々の気質にさらにまし加わったのだろう。

他者から与えられる好意を
決してありがたいとは思わず、
何か受け取ると、面倒なことになる…
彼女の中にはいつも
そんな硬くとじた扉がある。
母親から受け継いだものだろう。

その硬さが意固地さとなり、
人から可愛がられた経験があまりない。

可哀想だけど、本人は可哀想な自分を知らない。
彼女が病んでいるのは精神ではない。
人格そのものだ。

あわれだ。
残念だけど、私にはあわれみも愛もない。
キリストに彼女が向かわない限り、
キリストのあわれみは受けられない。
溢れるほど注がれているのに…
posted by JOYJOY at 23:22| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

お帰り

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あんまりくたびれていて、ボーッとしていたら、
来る時、列車に
手袋を落として来た。

父の手袋なので、大きいけど上等で温かい。

たしかに落として来たので、
届いていて欲しい…と願って、
長崎駅に聞いたら、
即「これですか?」と見慣れた父の手袋を戻してもらった。

お帰り
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さあ帰ろう。
夜は出ない。

何も用無しになった私には、
みんなが集まる場は、
拷問以外の何ものでもない。

用のない人間は、そんな場所からサッサと消えて、
今の私を必要とするところに
自分を差し出そう。
明日からの仕事に向けて 
体を休める。

今週頑張れば
休みだ!
posted by JOYJOY at 16:20| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする