2020年02月09日

エッ⁉️夢を通して語られる😳

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あービックリした😳
第7礼拝のセミナーライブストリーム再生させたら
飛び込んできた言葉が
「今日は、夢を通して語られる」⁉️

神は語っておられるのか…
posted by JOYJOY at 19:52| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

やったあ!撮れた!

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東園の海を泳ぐ鴨たち、
今日は良く撮れました。
posted by JOYJOY at 17:01| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夢とデボーション

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昨日夢の事を書いたら、
今朝のデボーションは、
ペテロが夢で示されたとおりに
迎えに来たクリスチャンたちと一緒に行く…という箇所だった。
礼拝メッセージもそれだった。

宣教に出かけるのはワクワクするし、
生き生きするもの。

ペテロが初めて、ユダヤ人以外のクリスチャンと一緒に、迎えに来た彼らに請われるままついて行った時のことだった。
彼が今まで発想だにしなかった
異邦人に福音を語るための旅だった。

相手がだれであれ、宣教に出かけるときは、
クリスチャンは生き生きする。

私は、そんなにたくさんこういうチーム派遣に出たことはないはずだけど、
多分かつて、記念会や結婚式やコンサートなどに、みんなで繰り出した時のワクワクした思い出が
夢に出てきたのだろう。

何だか不思議な
主が何かを語っているようで、
強い願望のようで、
もやもやしている。

また今夜も夢を見よう。

老人は夢を見るそうだから。



posted by JOYJOY at 16:45| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

心の傷をいやす…

毎週必ず見ていたNHKのドラマ。

神戸の精神科のドクターの実話ドラマが昨日で終わった。

泣きながら見た。

彼は子どもの頃から、「心」に関心があって、
心を直すお医者さんになりたいと精神科を目指した。
体は見えても、見えない心をどうやって診察し、直すか。
そのためにあらゆる研究をし、本を読み、勉強した。

2000年に39歳で亡くなるまで、
心に傷を持った人をどうしたら助けられるか、
探し続けた。

最後まで家族や友人思いの優しいお医者さんだった。

自分が完治不能の肝臓ガンだと知ると、
病室に来た妊娠中の妻を気遣い、
自分で妻に告げ、
妻が泣き出すと、
うちに帰ったら(子どもたちのため)泣けないから、ここで泣いて帰り…と慰めた。
自分が苦しくてたまらない時に、
奥さんにまで心のケアをした。

阪神淡路大震災の時に、避難した人たちを一人一人助けたくて声をかけても、
誰も相手にしなかった。

しかし、やがて少しずつ変わって行った。
かれが提唱した災害時の心のケアはテレビなどでも取り上げていた。

もう後数ヶ月の余命となり、
家族と時を過ごしながら、
彼の課題は、まだ「心のケアとは?」だった。

車椅子で散歩途中、
彼は
「あ、わかった心のケアは、誰もひとりぼっちにしないことや」と呟くと、
おかあさんは、
「なんや、あんたがいつもやってたことやんか」
と笑った。

しかし、彼は限りある人間だから、
やはり、病気にならなくても限界を感じたろう。

意志がとても強く、諦めない完璧な人であっても、
彼は神ではないから、全ての患者さんに寄り添うことはできない。

自分も、似たようなことに思いが向くので、
クリスチャン以外の方が、
どう探し求め、答えを見つけたのか関心があった。

彼ならかよこにどう対応するだろう。
あのいやらしい物の言い方、常に自分中心のかよこの心をどう寄り添い直すのか…

とことん自分を使い尽くすのかな…

そして
今の私にどんなカウンセリングをしてくれるだろう。

彼がキリストを知って心のケアを始めていたら、
どんな事が起きていただろうな…



posted by JOYJOY at 11:23| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

平和のうちに蒔かれます

今朝、この箇所に付された米印に初めて気づいた。
平和のうちに…
「うちに」は、
あるいは「人のために」
平和の人のために…

??

はじめて、
よーくこの章の最初から見直した。
教えることばについて語っていた。

相手を教えようとするときは、
義の実を結ばせようとして、種となることばを植えます。

しかし、
真に知恵ある賢い人は、
その知恵にふさわしい柔和な行いを、
(教えることばによってでなく)
良い生き方によって示せ
とある。

ことばは失敗するものだから。

もしことばによって教えるのなら、
相手に義の実を結ばせる種は、
平和を作る人により、
平和の人のために蒔かれて実を結ぶ…
という事。

敵対しない、苦いねたみをもたない、
純真で平和を求める寛容、温順、
あわれみと良い実とに満ち、えこひいきせず、
見せかけのない
そんな実を求める人のために平和を作る人により蒔かれるのか…

求めはしても、なかなか…

今朝、かよこから電話があった。
彼女の電話は常に自分中心。

いきなり前置きなく
「CDは止めらしたとですか」と始まった。

まるで、自分以外の人間は、全員自分に仕えるスタッフであるかのように、用事だけを告げる。
用事がすめばサッサと切る。

その前に言うことあるやろ!と思う。

本当にごめんなさい
いつも迷惑ばかりかけて…
お世話にばかりなって…
何の関係もないのに、無代価でいつも良くしてくださって…
なのに文句ばっかり言って…礼儀も恩義も欠いて…
これらは
一切ない。

今日もだ。

一瞬ムラッとしたが、
「止めてないよ」で止めた。

すると「来んもんやっけん」

知らん!あんたのCDのクレーム係りじゃないわい!と言いたかったが止めた。

ガチャと切れた。

腹立つ😡
こんのーーー(*≧∀≦*)

つまり、これを今日のデボーションは語っている。

「柔和な行い」は一応しましたよ!
内側は柔和になれませんがね。

見せかけ…だったら、義の身は結ばせられない…か。




posted by JOYJOY at 10:52| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする