2018年02月12日

久々英語聖書うちに帰る

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どのくらいぶりか…
英語の聖書をうちに持ち帰りました。
私のは視力障害者用に
字を大きくしてあるので、
大きいし重いのです。

いつからか、
教会にお座りしていただいていました。
特に手を骨折して、重い物持っちゃダメと、
ドクターストップがかかってからは、
それを良いことに、
日本語の聖書も、教会のを使ってました。

でも、再び通訳できるように、
自分を訓練しないといけません。
英語で読み、英語で考える訓練。

今、私の頭ん中は、
何か聞いたら英語に変換する作業が始終なされています。

私たちを愛し、
十字架で死んで
3日目によみがえられた
主イエスに期待して、
今日もみことばに聞いていきましょう!

さて、あなたなら、
これを
どう同時通訳しますか?

今では定型句になったので、
もう最初から文章が出来上がってて、自動的に口が言ってますが、
最初は🌀グルグル

私たちを愛し…ぐらいまでで
通訳は即発語しないと、
次を追っかけることができなくなります。

愛し…と来たら、
十字架にかかって…が来ることは予想できるので、
とりあえずその文章を発語します。
しかし、困ったことに
私たちを愛し十字架にかかった  
多分
主?キリスト?イエス?
がなのか、をなのか、になのか、となのか、
全く文章は違うのです。

が共におられます!
と言いたいのか、
を礼拝しましょう
と言いたいのか、
に耳を傾けましょう
なのかわからないままに
しゃべり始めるので、
一体どうなることやらわからず、
とりあえず、
J esus who loved us…と言いつつ様子を見るのです。
そうでないことはわかりつつも…
聞く人に
前もって情報を投げときます。

ところが、
事はそう単純でなくて、

〜に期待して、みことばに聞くことを言いたかった…となると、
イヤイヤ
軌道修正しないといけなくて、
J esus who 〜
と作った文章を体言止めして、
再び新たに、その彼に期待しましょう。
そして、
神の言葉を聞きましょう。
そうつなげます。

これはもう
英語力の問題でなく、
脳の回路がいかに素早く気を利かして信号を送るか…の問題。

わずか数秒の出来事。

それで、ちゃんとできず、
めげているゆとりなどありません。
考える間も感じる間もなく
言葉は続きます。

つまり、脳トレ状態が続き、脳が若返らずにはいられません。

手術後、
久々にヘッドホンをつけた日は、
心臓がバクバクして背中まで痛くなるくらい、
このハラハラ緊張感に対する
耐性の低下を感じました。
ドクターが、
「この生活をしてシャバに出たら、
なまってますよー」
と注告してくださった通り、
なんでもストレスになりました。

でも今は、
今も相変わらず
全神経を必死で集中させますが、
心臓バクバクはなくなりました。
強くなれるもんです。

もう折った手も
何キロでも大丈夫🙆‍♀️
回復させてくださった神さまに
お仕えしないと…

posted by JOYJOY at 16:38| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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