2018年11月02日

父は大変な人か?

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本来、バスさえあれば、1時間前に着いているところ。
乾馬場というところから歩いて
今着きました。

毎週これも大変だなと思います。

以前は、送ったらそのまま長崎行きに乗って教会に行きましたが、
今では、12時にうちを出て仕事に行くので、
午前中は準備です。

歩きながら、父のことを考えていました。
父の妹からは、「兄なんか死ねばよか」
などと言われ、
近所の方たちからも大変な人と思われ、
ケアマネさんや施設の方からも
わがままでプライドが高いので、
自由にしていただく…人になっています。

近所の人は、大変なジジイを世話しているというので、
私への同情がかなりあり、
露骨に私に父の悪口を言われます。

そこまで言わなくてもいいじゃない…と、思わずかばってしまいます。

無理もありません。
気に入らないと、口もきかず、
プイと出て行ったり、やめたり、
また、だれにも何も言わずに急に事を始めたりする
父の行動は、まるで幼児。

社会をリードしていく男性の姿からはかけ離れ、
恥ずかしくなります。

母は、この父を受け取り続け、一人で耐えてきたのかと
今更ながら、母を尊敬します。

逆でしょ。
夫が妻を受け取るんじゃないか…

何でこんな人間になってしまったのか…

長男で、満州疎開で金に事欠かなかった
成金上がりの商売人の母親から
わがままを受容され、好きなだけ好きなことをさせてもらい、
好き放題に親戚の家を渡り歩いて
美味いもんだけ食べて楽しいことだけやっていたらしい。

そのしわ寄せは、他の兄弟たちに…

そして、終戦となり日本に帰り、
それからも大して苦労を感じもせずに
今まで来たらしい。
考えたら、終戦の時23歳だから、青春時代の一番良い時期が戦争中で、大学も卒業できていません。
しかし、兵隊に行って地獄を味わった話は聞きません。
爆撃の様子や人の死を、まるでゲームや映画のように話します。
悲しみや恐怖や痛みや…
そういう感情が伝わりません。

内地にいたらしく、あまり話に悲壮感がありません。
ひょっとしたら、身体検査で引っかかって行けなかった組みかもなー
だとしたら、
どんな思いで同世代の人たちの戦死を受け取って生きて来たのか…
劣等意識みたいなものをかんじのか…
何も聞いたことがありません。

posted by JOYJOY at 11:08| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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