2019年06月29日

土曜午後

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土曜午後、いったいどれだけぶりかにうちにいます。

午前中は、郵便局本局まで行ったので、
バスで動き回りましたが、
ガスやさんが集金に来るのが気になって、
ついでに色々…をやらないまま帰宅しました。

正解。
雨がまた降り始めました。

悲しみはますます深まり、
父が召天してから始めて泣きました。

父がいない悲しみではなく、
私の大切だったものが
あっけなく手から流れて落ちた悲しみです。

この地上を歩むための道、いのち。
また
このために耐え、このために奮い立ち、
これによってこの地上で支えられてきたもの。
これがキリストの体。

これがなければ、
私はいません。
そして事実なくなっていました。

なくなっているのを神があえて許されるなら、
私などがあがいても無駄なこと。

もう良し。もう良し。
もう何も言わなくていい。

一度だけ昔父がそう言ってくれたことがありました。

その言葉が今父なる神が語られたように
よみがえりました。

もういい。もういい。
何も言わなくていい。

66歳になっても、父なる神の子どもです。

posted by JOYJOY at 13:30| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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