2019年10月31日

行事に追われすぎ

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保育園の行事は、なんでこんなに多いのか…

実は必要なかったりして…とよく思います。

保育の主体は家庭なんだから、
家庭で欠けた部分を補うのが
保育園じゃーないの?と思います。

行事によって、みんなキンキンガサついて
言葉もキツく意地悪くなるのなら、
誰のため、何のための行事なのか…と首を傾げます。


熱中しだすと、
人間って、視界が狭くなるらしい。
見えるものも見えなくなるらしい。

熱中しだすと、
何故人間って優しさを失って、
低さをなくして、
他人を見下したり
自分と同じようになれない、考えられない人間を疎外しだすんだろう。

はじいたり、裁いたりするんだろう。

あなたの熱心が他人を傷めるのなら、
そんな愛に立たない熱心は、何も実のあるものを創らない。何の価値もない。

そう言いたいけど、
今朝の聖書は、
「裁くあなたが、それと同じことをしているのです」でした。

私も、そうだったな。

自分はこんなに働いていて、他人は何と働かないんだ!と腹立たしかった。

自分から見て、
役に立たない足手まといの人間は正直言って
うっとおしかった。
時間が惜しかったし、
心や力を使うゆとりもなかった。
自分がなにがしかやっていると錯覚していたからだろう。

最近は、低さと優しさって大事だなと思う。

優しさだけでは愛は全うできないけど、
優しさがないと、
人は息ができなくなる。
いたたまれなくなって、そこに居れなくなる。

保育園って
一番低く優しい場所であって欲しいなというのは、
淡い夢幻かな。

今日はなぜか
イヤーな気持ちで帰ってきて、
明日行くのが
とーってもイヤーな気持ちです。

感謝して感謝して感謝して
百倍感謝して
主の手を見よう。



posted by JOYJOY at 23:02| Comment(0) | 介護 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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